軍人黒ファイ/相川紅理







The budding flower of love




朦朧とする記憶の中、声が聞こえる。心配そうな声だ。差し伸ばされたされた手をとったのが、すべての始まりだった。


「…くそ…っ!!」
自分の率いる部隊はおそらく滅した。内通者がいたのだ、と知った時には遅かった。
だんっ、と近くの壁を黒鋼は叩く。隣国との戦争は長い。多大な犠牲を払いながらまだ終わる気配は見せない。
命からがら逃げ出したのはどれくらいいるのだろう。ここは敵国だ。頭の隅によぎる部下の顔。鬼神と恐れられた自分がなんてざまだ、と黒鋼は自嘲する。
雨が降り出し、雨宿りをと探していたら一軒家を見つけた。
黒鋼がいるのは敵国。軍服をきているため一目で軍人だとわかる。
(人がいんなら切るしかねぇか…)
騒がれると面倒だ。穏便にいけるなら一晩かしてもらえたらそれでいい。
負傷した足がよろめく。大したことはないと思っていたが予想以上に深かったらしい。この状態では思うように体が動かない。患部が熱まで出し始めた。危ないと頭の中で警告音が鳴る。
黒鋼は舌打ちをした。手を刀に忍ばせる。 
   玄関まではスロープだった。手すりをもちながら登るが、途中倒れた。
ガタン!と家の中で音がする。がチャッと音がした。戸が開く。出てきたのは金髪の青年だった。
「…怪我してるの…?」
家の住人が、黒鋼に聞いた。


◇◇◇◇◇

案内された家は綺麗に片づけられており、明るい感じの家だった。中にどうぞと言われ、黒鋼はあたりを見渡す。必要なものしか置かれていない。
黒鋼は、家の住人を見た。金髪の細い体躯の青年だ。奥の部屋にと案内される。
「とりあえず、怪我だけ処置するね。ベットに座ってて」
黒鋼は従った。仕方にすこし違和感を覚えたが、怪我がひどくなっているのか頭が朦朧とする。
「よし、できた。今は寝てて。怪我のためにも」
かけられたのは優しい声。黒鋼を夢へと誘うのには十分だった。

はっと目覚めた時は朝だった。
「おはよう。体の調子どう?」
黒鋼は目覚めて思ったことを青年に聞く。
「…いいのか」
「うん…?なにがー?」
「自国がどんな状態かわかってんのかよ」
「うん。聞いてる」
がたっと戸棚を開けてファイは救急箱をとりだした。箱をあけ中身を取り出す。さがすように手が行き来した。蓋のとある部分を白い指が触る。確かめるように何度も。
「オレが勝手に手当したいだけだから」
傷薬と包帯をとりだし、傷口に薬をぬった。
傷にしみ、思わず黒鋼は顔をしかめる。手際は丁寧だった。黒鋼は違和感を感じ、手を青年に伸ばす。
「…おまえ…目が見えねぇのか」
黒鋼の質問に、ファイはただ笑んだ。答えないのは、肯定だからか。黒鋼は勝手に納得する。
こほんと青年が咳をした。
「改まってってなんか変だけど。オレはファイって言うんだ。よろしくねー?」
何がよろしくだ、と黒鋼は心の中で吐き捨てる。
黒鋼の故郷の国と隣国ははるか昔から仲が悪い。今回の戦争は、お互いのわだかまりが爆発したと言った方が正しいのかもしれなかった。隣国の連中は黒鋼の故郷にいい感情はもっていないはずだ。
「んー。で、君の名前はー?」
眼が見えない分、どんな相手かもわからず、黒鋼は恐怖でしかないはず。なのに、ファイの反応は至ってふつうだった。
「…黒鋼だ」
短く返答する。
「くろがね…。黒りん!」
「なんだ、そりゃ」
「黒たん!」
「変な渾名つけんじゃねぇ!!」
「ええー。いいじゃんー」
くすくすファイが笑う。どうあっても、ファイはあだなで呼ぶ気が満々らしい。黒鋼は深くため息をついたのだった。

さてそんなこんなで、黒鋼は怪我が治る間だけファイの家で居候することになった。買い物など必要なものは妹のさくらがしてくれるらしい。
「妹がいんのかよ」
「うん。可愛いよ。オレの妹―」
くすくすファイが笑う。
「…それなら、俺が出て行った方がいいだろ。突然の居候なんでびっくりすんぞ」
黒鋼が言うと、「ううん」とファイが答えた。
「だいじょうぶ。芯の強い子だから」
ファイは妹を信頼しているらしい。黒鋼は顔が知れ渡っているため、おいそれと外出はできない。さてどうするかと黒鋼は考えた。
夜。
「ただいま」
「おかえりー。サクラちゃん」
ファイは玄関で、さくらを出迎える。
「今日は、リンゴが高くて。だから別のにしました。あとは何かいりますか?」
「うーん。大きい服が欲しいかも…」
「服…?もしかしてまた誰かいるんですか?」
困ったように笑うファイに、さくらが溜息をつく。
両親の再婚のため血がつながっていないこの兄は、昔からよく人を招き入れる。それが人に留まらず、動物もだ。
両親は戦争で亡くなった。
「えっと、黒たんっていうんだけど」
ファイが黒鋼を手招きし紹介する。のっそりと黒鋼は部屋から出た。一目みたさくらは目を丸くし。瞬間。黒鋼を睨む。
「……この人は軍人ですよ。ファイさん」
一言告げた。
沈黙のあと、ファイがそうだねと言う。
「怪我が治るまでなんだけど」
「……この人は敵国の人かもしれませんよ。もしかしたら怪我が治ったら、口封じにわたしたちを斬る気なのかも」
さくらがファイの傍により、ファイの腕をつかみよせる。
憎悪の眼でみられるのはずいぶんと黒鋼にとって久しぶりだった。両国にある傷は深い。戦争が長引くにつれて、両国の人々は疲弊し、お互いを憎悪していた。
「でも、それなら最初に会った時点でたぶんオレ、殺されてるよ。その方があとくされないし、早いし」
ファイが言うと、さくらは黒鋼をじっとみた。まだ信用はしていない、という顔だ。
「……怪我を治したら、出て行ってくださいね」
「おう。もとよりそのつもりだ。厄介ものだしな」
黒鋼は、さくらに了承した。

ファイが台所に行き、茶菓子を用意しているのをみてさくらが黒鋼を見上げた。
「なんだ」
ぶしつけな視線に、黒鋼が尋ねる。茶髪の利発そうな少女は口を開いた。
「店で、見ましたよ。貴方は、懸賞金をかけられているそうですね」
「で?」
「怪我してるなら、私たちの生活の糧になってくれません?」
にっこりさくらが笑う。ただし目がわらっていない。敵意むき出しだった。
「……おまえも亡くしたのか。誰かを」
黒鋼が言うと、さくらが睨む。
言われるまでもない。さくらが思い出すのは幸せな記憶と、痛ましい記憶の欠片ばかり。
「貴方にはわかってほしくありません」
少女の顔が沈む。なにかつづけようとした黒鋼の言葉は、ファイにさえぎられた。
「お茶のお菓子用意できたよー。どうしたの?二人とも」
ファイが二人の気配がする方に尋ねる。
「大丈夫です」
「なんでもねぇ」
二人の答えに、そうとだけ答え。黒鋼を交えてのお茶会が始まったのだった。





◇◇◇◇◇

それから数週間。ファイは、黒鋼になにも尋ねなかった。さくらからの質問があったにも関わらず。それがかえって、黒鋼には疑念を抱かせた。
あまりにも無防備すぎるのだ。人を信じやすいのはお人よしにしか見えない。黒鋼の視線の先で、ファイがよろける。黒鋼は急いでファイの腕を掴んだ。
「いいから、おまえは俺につかまってろ」
自分の腕につかまるように黒鋼は指示をする。ありがとう、と礼をファイは言った。
今日はピクニックと称して、丘に来ていた。白い花が咲き誇り、遠くには町並みが見える。
「今日はいい天気みたいだね」
「…そうだな」
「……ねぇ、どんな景色?」
ファイが黒鋼に聞く。
「空は、淡い空だな。雲がない」
「うん」
「ここから町並みが見える」
「うん」
「風車や、花畑、野菜畑もあるな。風がふいて風車が動いてんぞ。それから」
「それから?」
「花が綺麗だ。色とりどりだな。絶景だ」
「ふーん」
にこにことファイが笑む。ファイの笑顔をみて少しばかり黒鋼は心癒された。
二人で眺め、バスケットにつめたサンドウィッチを食べた。トマトがおいしい。黒鋼にとって穏やかな日は久しぶりだった。
黒鋼は怪我の具合を確かめる。あと数日で完全に治りそうだった。
町には、黒鋼の人相書きがあるらしい。さくらが言っていた。
本国に戻るには町をこえて、さらに山を越える必要がある。黒鋼はぐっと拳を握った。
さてその夜。ファイとさくらに明日の夜たつことにきめた、とだけ伝えた。
乾燥食と、山を越えるのに最低限のものをかってほしいと伝える。勝手な願いではあったが、さくらはしぶしぶ了承した。
多少の出費はいたいが、まぁよしとしよう。さくらにしてみれば指名手配の者はさっさと追い出したい。彼女にとって大事なのは平穏だ。兄を守りさせすればそれでいい。利己的と思われそうだが、長年の経験がさくらをそうさせていた。
夕食をとってから黒鋼の部屋の戸がノックされる。だれだ、と黒鋼が見ればファイだった。
「ごめん。ちょっと話したくて」
入ってもいいかな、とファイから聞かれる。おう、と黒鋼が返事した。
「……黒たん。行っちゃうの?」
暫く伏せていた顔を上げ、ファイが問う。「おう」と黒鋼は答えた。
「世話になったな。お尋ね者だし、さっさと身を隠した方がいいだろ」
「……そう、君らしいけど」
ファイの言葉が途切れる。
「…会えないの…?」
誰に、とは金髪の青年は明確にしなかった。
「……俺とは今後あわねぇほうがいい」
「……どうして……?」
「おまえのためだ」
黒鋼は淡々と思える調子で続ける。
ファイのことを思えば、会わない方がいい。なにしろ黒鋼は敵国の人間だ。戦争でファイの国の人々を殺した。事実だ。隠しようもない。
黒鋼の故郷では、黒鋼は英雄扱いであったが、ファイの国では黒鋼は憎悪でしかない。
「妹が言った通り、俺は軍人だ」
「……」
「俺はおまえの国の人々を数えきれないくらい殺した。もしかしたらおまえの両親も入ってるかもしれない」
ファイが俯いている。表情は分からない。
「本来なら憎んでもいいんだぞ。俺はおまえの優しさにつけこんだようなものだからな」
「どうして」
ファイが何かいいかけた。
「どうして、君は君を貶める言い方をするの……?黒たんは……――」
ファイは黒鋼を見上げた。
「君はやさしいのに」
ファイの声が部屋に響く。
「……だって、オレのこと気にかけてくれたもの。手を差し伸べてくれたもの。景色をみた時、黒りんは表現してくれたよね」
「……」
「……あの時。オレ、想像してみたんだ。小さい時に光はなくしたけど、覚えてる。そしたら、とても綺麗に思えて」
生きる場所は暗闇だった。だけど、黒鋼が変えてくれた。確かな言葉という魔法で。
この人のそばにいたらもっと見えるのだろうか。世界は光り輝くのだろうか。
「世界って、とっても綺麗なんだな……って思った」
ファイの言葉が途切れる。
「……好き」
黒鋼はファイを見据えた。今なにか好意的な言葉が聞こえた気がするが。
「ねぇ、黒たんはオレのこと好き……?」
ファイが尋ねる。黒鋼は暫し黙っていた。
 本当はファイに言いたい。伝えたい。だが伝えたところでどうなる。どうせ明日には旅立つのだ。一時の戯れの恋情だろう。黒鋼は己にそう言い聞かせた。
「明日は早い。寝室まで送っていくからさっさと寝ろ」
早々に黒鋼は話を打ち切る。
「……そう、だね」
ファイの表情は暗くなった。黒鋼の心が痛んだが、知らないふりを決め込む。
黒鋼は約束通り、隣室のファイの寝室まで送った。離れる刹那、ファイに袖を掴まれる。
「……なんだ?」
「ううん。ごめんね。おやすみなさい」
何かいいたそうだったが、ファイが戸を閉めた。黒鋼も自室へと戻る。
自室へと戻り、黒鋼はため息をついた。こたえたい。だけど応えれない。応えたとしても、期待を与えるだけ与えておいてその後、音沙汰なしということもありえる。
 ファイは泣いているのかもしれない。もしかすると。
黒鋼は複雑な表情で窓から見える月をしばらく眺めていた。

◇◇◇◇◇




チチチ。耳に聞こえる鳥の鳴き声。見晴らしのいい丘に三人はいた。さくら、ファイ、黒鋼だ。
「……世話になってすまん」
「今後関わらないでいてもらえたら嬉しいです」
「ちょっと、サクラちゃん」
ファイが窘める。
「じゃぁな」
黒鋼は荷を背負って地図の通りに森へと入っていく。
別れはあっけなかった。黒鋼は一度も振り返らなかった。気配が遠ざかっていく。
「……ッ」
ファイが伸ばそうとした手を、さくらが制止する。
「……だめです。あれはあの人なりの優しさですから」
「……サクラちゃん」
ファイは妹の名を呼ぶ。
遠ざかっていく気配を体全体で感じながら、ファイは寂しさと不安をかかえていた。


つづく





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タイトルは「芽吹く恋の花」という意味です。英語のタイトルとか初めてつけました…!!
さてこの話は続きます。続きはコピー本で出す予定です。(続きタイトルは、もう決定済み)原稿危ないので頑張ります。
さくらちゃん、悪役してごめんね…!!しかし、ファイさんとさくらちゃんが兄弟ってあれですね。目の癒し……!!ゴールデンコンビだよ!
たくみちゃん、締切おそくなってごめんなさい…!!土下座したいくらいです…。
応援してくださった方、「読みたいよ!」と言ってくださった方、ありがとうございます。
少しでも楽しんで読んでいただけましたら嬉しいです。感想などありましたらお聞かせくださると嬉しいです。


2014.01.02