下着ネタ/むじこ
*ファイさんが女の子です
*少々下品(?)なネタが混じっています
*黒様とファイさんは堀鐔高校の教師で同僚です
Baby Doll Lover
「おい起きろ、おい」
肩をがくがくと揺さぶられ、ファイはうっすらと目を開けた。
ぼやけた視界の先に見えるのは、お隣に住んでいる同僚の黒鋼と見慣れた風景。
ごしごしと目を擦りふああと欠伸をすると、わざとらしいまでに大きな溜息が聞こえてくる。
「おまえなぁ、勝手に人んちあがりこむなよ」
「合い鍵くれたじゃないー」
ぼやきに対し、ファイは軽い口調で応えた。
全ての授業を終え、剣道部の指導があった黒鋼を待たず今日は帰宅した。
ただ、帰宅した先は自宅ではなく一応恋人であるお隣さんの部屋だった。
「ご飯作っておこうと思ったんだよー。だけど、ちょっと疲れてて寝ちゃってたー」
「せめて鍵締めろ。物騒だろうが」
黒鋼はぶつくさ文句を言いながら、部屋に散らばったファイの私服を拾っていく。
それは「帰宅」後、ファイが脱ぎ散らかした服達で現在ファイはブラジャーとパンツという姿で黒鋼のベッドに居座っている。
一応恋人同士であり、大人の男女なのでそれなりの関係ではあるのだが、ファイはあけっぴろげというかオープンというか、そのすらりと細長い体を黒鋼の見える所に恥ずかしげもなく晒してくる。
最初の頃は誘っているのだろうかと思っていた黒鋼だが、暫くするとただズボラなだけという事に気が付いた。
それからは部屋で下着姿のファイがうろうろしようがあまり気にしない様になった。
あくまであまり、なのだが。
せっせと服を集める黒鋼の動きを甲斐甲斐しいなぁ等と呑気な事を考えながら眺めていたファイは、かき集められた服を顔面めがけて投げつけられた。
「もーなにー酷いー」
「恥じらいを知れ、阿保」
「だってー部屋締めっぱなしで暑かったしー」
「だからってブラ一丁で寝る奴があるか」
「パンツもはいてるよ」
「うるせぇ」
「いいじゃん。そういう事気にする仲じゃないでしょー」
服を抱え、ベッドから立ち上がりそそそ、と黒鋼に身を寄せる。
逞しい二の腕にすりすりと頬ずりしていると、またも大きな溜息が黒鋼の口からこぼれ落ちた。
「……色気のねぇ下着」
なにィ。
思わず顔をあげると黒鋼はとっとと寝室から退散するところだった。
寝起きのぼけっとした頭で黒鋼に甘え倒そうと思っていたファイは、思わぬ振られ方に戦慄いた。
――確かに、ファイは身の周りの事に無頓着である。
スカートを履くと気付けば前後ろ逆になり、シャツを着れば第三ボタンを閉め忘れ、さほど大きくない胸をちらちら晒してしまい黒鋼に殴られた。
それから楽ちんという理由でタートルネックのセーターと色気のないスラックスをはいているが、毎日の服装を考えるのが面倒な為同じ色味の物を何枚も持っている。
下着にいたってはワイヤーが苦しいという理由でスポーツブラや某ウニクロブランドのパット入りのキャミソールを着用するのが常になるのだが。
ブラジャーとパンツが揃いでない事が殆どだし、ついでに言うと部屋も汚部屋とまでいかなくとも、物がごちゃごちゃ多く転がり清潔とは言いかねる。
部屋に物を置きたがらない黒鋼が、一ヶ月に一度は見かねて掃除をしている状態だ。
残念な美人。
黒鋼先生以外貰い手がいない。
生徒達の間でそんな風に言われている事をファイは知らない。
「いっ、今までオレのブラジャーの事なんか、気にした素振りも見せたことないくせにー!」
スポーツブラとボクサーパンツのまま、ファイは寝室を飛び出し黒鋼にタックルした。
「侑子先生、男を悩殺出来る下着を下さい!」
「ファイ先生、目が据わってるわよ」
次の日、ファイは黒鋼と共に働く高校の理事長室を訪ねていた。
昼休みの理事長室にはおさんどん係の生徒が一人いたが、ファイが乗り込み理事長である侑子に対しとんでもない事を口走った時点でそそくさと退出した。
侑子の悪戯とファイの奇行は、この学園で黙認されている事の一つである。
ちなみに黒鋼とファイの恋仲も黙認されているのだが、理事長以外にばれていないと思い込んでいるのは本人達のみである。
勢い良く身を乗り出したファイは、理事長室の机をバシンと叩き吠えた。
「目も据わりますよ! 今までオレはずーっと黒様先生に事ある毎に「ああ、こいつの下着だせぇ」とか「今日も色気ねぇ」とか思われ続けてきたんですよー! 言ってくれたらオレだって改善するじゃないですか! それをあの……むっつり!!」
ぐぐ、と拳を握るファイに対し、侑子は綺麗にマニキュアが塗られた形のいい手をひらひらさせた。
「まぁまぁ。黒鋼先生も野暮な男ですもんねぇ。ところで「ことある毎に」っていうその「コト」が気になっちゃうケド詳しく教えて欲しいわぁ。事情を深く理解する為に」
「…………それは。後日改めてってコトで」
「楽しみにしてるわ。まぁつまり、ファイ先生は黒鋼先生が欲情する様な下着が欲しい訳ね」
「そうなんです。酷いんですから。溜息はーって。屈辱的でした……こう、ぐっとくるやつお願いします!」
拝むようなファイに、侑子はすっくと立ち上がった。
「わかったわ……」
そして腰に手をあて大きな胸をどんと張る。
「ファイ先生の可愛らしい悩み、ワタシが解決してあげるわ!」
「ありがとうございますっ!!」
そこそこ大きな声で話している為外にいる生徒に結構声が漏れているのだが、これを知らないのもファイのみである。
「ご覧なさい」
「おぉ……」
落ち着きを取り戻した二人はソファーに座り、テーブルに広げたカタログを眺めていた。
様々なメーカーのちょっと特殊な下着のみを扱ったものばかりになるのだが、珍しい物ばかりでファイは目を白黒させた。
「ゆ、ゆうこてんてー……これ、何ですか。何でこんなとこに穴あいてるんですか。おかしいですよ。え、ちょ、こっち。何ですかこれ。隠してないじゃないですか。下着っていうか紐っていうか布ですよ」
「可愛いのもあるわよ。ホラ。ベビードールですってー。ひらひらしてて可愛い」
「わわ、ちょ、これ。狙いすぎじゃないですか! わぁ、こんなの恥ずかしくて着れませんよ!!」
「だって、黒鋼先生を悩殺したいんでしょ?」
「うぐ……」
目的を指摘され、ファイは気を取り直しカタログを手に取ったがページを捲る度に「ひゃあ」とか「きゃー」とか言っている。
暫くそれを眺めていた侑子は、ファイの手からカタログをするりと取り上げた。
「侑子せんせ?」
「そうよねぇ……こうやって闇雲にただえっちな下着を探すよりも、黒鋼先生の好みが大事よね」
「く、黒様先生の好み……」
「ホラ、人によって違うでしょ? 色だって白がいいとかピンクがいいとか。黒が燃えるとか赤はきついとか」
「そうですよね……」
ファイはそう言って、黒鋼が好みそうな下着を想像してみた。
黒は好きであろうと想像したけれど、それが他人が着ていてぐっとくるかはわからない。
そもそもあまりひらひらしたレースや可愛いリボン等がごてごてした物を好むとは思えなかった。
あからさまに露出したものもまた然り。
以前テレビにぎらぎらしたキワドイ衣装を身に纏ったアイドルが出てきた時は「品がない」とぼやいていた気がする。
「黒様が好みそうな……上品な白、とかですかね……」
伺う様に見上げると、わかってないわねぇと侑子が再び立ち上がった。
「甘いわねファイ先生。男の性癖なんて、普段隠してる部分にこそ潜んでいるに決まってるじゃない!」
「お、おお……?」
「普段穏やかな星史郎先生が実は鬼畜だったりする訳でしょ?」
「でしょ? って、オレはその情報知りたくありませんでした」
「大人しそうに見えてる人が、見た目通りとはわからないものなのよ!」
テーブルに片足をあげそう叫ぶ侑子に、ファイは何故かわからないが拍手した。
「ベッドの下よ」
「ベッドの下?」
「男は大体そこに己の秘密を隠すものなの」
「何故、ベッドの下に……? お掃除の時にうっかり出てきたら気まずいのに、何故」
「そんなの、使って仕舞うに丁度いいからに決まってるでしょ」
なーるほど。
という訳で、現在ファイは黒鋼の家に忍び込んでいた。
忍び込んでいたというか、昨日と同じく先に帰宅して合い鍵を使い部屋に寄っただけなのだが、とにかく寝室に直行しベッドの前に座り込んだ。
「ここに……黒様の秘密が」
ごくりと生唾を飲み、そっと手を伸ばす。
すると、何かがかさりと手に触れた。
思わず心臓が跳ね、不思議な緊張感に全身が包まれる。
期待もあるが、不安もある。
これでちょっと引いてしまうようなブツが出てきたらどうしようとか思いながら、思い切って掴んだ雑誌らしきものを引っ張った。
「――えいっ!」
その雑誌には「月刊 口伝」と書かれていた……。
それは武術家が師匠から弟子にしか伝えないその流派の秘密の技「口伝」を紹介しちゃおう! というある意味恥ずかしい程マニアックな武術雑誌であった。
――わかっていた。
少し遠い目をした後ファイは気を取り直し、もう一度ベッドの隙間に手を突っ込んだ。
手に触れた物を片っ端から引っ張り出したところ……出てきたのは武術やスポーツ関係の本ばかりであった。
確かに、少々マニアックな内容のものが多い。
中国拳法の流派を細かく紹介してくれる本や、人体の急所を図解した本。
正直、ファイはちょっと引いた。
「ち、違うー。オレが望んでいたものとはちょっと違う……」
ファイはもう一度ベッドの隙間の奥の奥まで手を伸ばした。
肩がつりそうになりながらうんうん言っていると、ふと、指先に布地の様なものが触れる。
指を細かく動かしそれを手繰り寄せひっこ抜くと、埃まみれの布きれが出てきた。
否、布きれではなくファイのスポーツブラジャーが出てきた。
「な、何故ここに……なくなったと思ってたのにー……」
くしゃくしゃになっていた物を広げると、間違いなくファイのものであった。
けれどそれは埃まみれになっていただけで黒鋼が良からぬ事に使用した形跡は見当たらない。
首を傾げてしばし考えると、いつだったかこの部屋に泊まった際、脱ぎ散らかしてそのままになっていた事を思い出した。
仕方なくノーブラでその日は自室へ戻ったのだが、シーツに隠れそのまま部屋に置き去りにされた下着は、雑誌達に押され追いやられこの様な姿に……。
ファイはほんの少し胸をなで下ろした。
ほっとしたのはいいのだが、黒鋼のベッドの下にはちょっと恥ずかしいマニアックな本があっただけで、彼の下着の好みを現わす物は見当たらなかった。
ファイは頭を抱えた。
「何をしている……」
「ヒッ!」
振り返ると、扉の隙間から黒鋼がこちらを覗いていた。
部屋に散乱する黒鋼の秘密(?)とファイを眺める目はどこか暗く冷めている……様に見えるのは照明の加減なのかファイの後ろめたさがそうさせるのかはわからない。
「こ、これは……その、やむを得ぬ事情があって……」
「ほぉ……どんな理由だ一応聞いてやる」
のそ、のそ、と部屋へ入ってくる黒鋼は笑っていた。
しかし目は笑っていない。
「実はですねぇ……侑子先生に」
侑子の名前が出た途端、黒鋼の目が三角につり上がり、ファイの頭に拳骨が落とされた。
「だからー。黒ぽん先生の萌ポイントをね。知りたいと思いまして……」
「それで人のプライバシーを盗み見る奴があるか、阿保」
「すみません……」
黒鋼の寝室で、ファイは正座をさせられていた。
そろそろ痺れてきたので足を崩そうとすると、黒鋼に睨まれる。
かれこれ一時間はこうしてお説教を受けているが、なかなか解放してもらえそうにない。
「ごめんなさいー。これでもちゃんと反省してます。でも黒たんに色っぽいーとか思って欲しくって……」
ぐずぐずしおしおするファイに、黒鋼は息を一つ吐いて頭をくしゃくしゃに撫でた。
「下着なんぞ、別に好きなのつけりゃいいだろ。よっぽどおかしなもんじゃねぇ限り、てめぇへの評価が変わる訳でもねぇ」
「……はい」
「ならこれでこの話は終りだ」
そして立ち上がり「飯」と一言告げる。
ファイはやっと許された事を察し飛び上がり、黒鋼の腕にぎゅうと抱きついた。
台所ではファイが鼻歌を歌いながら料理をしている。
それを横目で見ながら黒鋼は携帯を手に取り画像ファイルを開いた。
そこにはあどけない顔で眠るファイの姿が映っている。
実は密かに撮り溜めているファイ画像集の一つなのだが、それを確認しちょっとだけ笑うと黒鋼は携帯を仕舞い、土曜の夜を楽しむべく立ち上がった。
黒鋼が「色気がねぇ」と言った時、そそくさと部屋を退散した時、逃げる様にいなくなる背中をよく観察すれば黒鋼の耳が赤くなっていた事に気づけたかも知れない。
ぶっちゃけ、黒鋼という男はファイであれば何でもいいのだ。
好みは? と聞かれても正直困る。
答はファイ。
それしかない。
だからどれだけ色気のない下着で転がっていようと、それが間抜けな寝顔でも、黒鋼には可愛くも見えるしセクシーにも見える。
愛は盲目、とまでは言うまい、元々ファイは美人で可愛い。
そのちょっと抜けた言動で「残念」フィルターがかかってしまうだけなのだ。
黒鋼に言わせれば「わかっていない、見る目がない連中」という事なのだが、それは丁度いい蚊帳だった。
ファイの価値を知るのはこの世に一人で構わない。
現在もお洒落とはほど遠い、垢抜けないシャツとジーンズで鍋を掻き混ぜるファイを後から抱き締めた。
柔らかい体に手を這わせ首筋に顔を埋めると、ファイのいい匂いがする。
暫くそうしていると、顔を真っ赤にしたファイがくるりと振り返った。
「……あのさー。実は侑子せんせーからお試しでって貰った試供品があるんだけど、着て欲しい?」
と言ってファイが鞄を漁りずるりと引っ張り出したのは、淡いピンク色のベビードールだった。
フリルとリボンがふんだんに使われ微妙に半透明な生地の上下セット。
目の前に差し出されたそれを暫し眺め、黒鋼は厳めしい顔のまま口を開いた。
「まあ、物は試しだ。着てみろ」
そう。
黒鋼という生き物はファイであれば何でもいいのだ。
が、より美味しそうに見えれば良いにこしたことはない。
割とノーマルな反応に、ファイは複雑な心境を抱えたままちょっとだけ笑った。
そして、黒鋼が変な趣味嗜好に目覚めない様、これは今日だけにしておこうと心に誓った。
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ここまでご覧頂きありがとうございました。
わたくしのお題は「下着を取り扱った黒ファイ(女でも男物でも) と膝枕」でしたが膝枕消えました
わ、忘れておりましたすみませんでも出来上がっちゃった……すみません撃沈
あみだ企画第二弾、他の皆様の作品を私楽しみに楽しみにしておりますっ!
また第三回、四回と出来たら楽しいな〜と思いつつ
主催の紅理さん、HP管理して下さるたくみさん、ありがとうございます。
むじこ