美容師ファイとお客黒鋼/狩兎





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そこは、洒落た若者が行き交う通り。
鮮やかな色のワンピース、流行のボトム、高いヒールやパンプス。女性も男性も、我こそが一番だと言わんばかりに皆、自分を着飾って歩いていた。
そんな華々しい風景の中に1人、武骨でむさくるしい男がやけに目立っている。ヒールでかさ増しされた女性たちよりも頭一つ分はゆうに超える身長のせいもあるだろう。だがその風貌は、中心都市の洒落た通りには全くなじまずに、寧ろ異彩を放っていた。
その男、黒鋼は眉間にしわがよりそうなほど不機嫌な顔をして歩いていた。手には何かのチケットのような紙。
その数時間前…
「せっかくの機会ですもの、行ってみてはいかがですの?」
黒鋼は知世姫にとあるヘアサロンの招待券を押し付けられているところだった。
「ほら、ちょうど邪魔くさい長さになってきておりますでしょう?私、まだしばらくは髪を切る予定はありませんもの。それにお知り合いの方も皆行きつけのところがあるから、とお断りされてしまいましたので…たまにはこのようなお店で髪を整えていただくというのも良いではありませんか?」
と、半ば強引に押されてしぶしぶ受け取ってしまったのだ。さらに
「ちょうど今日はお暇なのではありませんか?」
と釘を刺されてしまっては、すぐに行かないわけにはいかなかった。
…というわけで、黒鋼はそのヘアサロンを目指して招待券に記載された地図を頼りに洒落た街を歩いていたのであった。

目的の場所は、広い通りから少し狭い通りに入ったところにあった。メインストリートから抜けた途端、人々の喧騒が少し遠く…が、彼はそれでもなおしかめ面のままである。今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。地図で場所を確認すると、目指す場所はすぐそこだった。招待券に印刷されているのと同じロゴの看板が、欧州風の洒落たドアの上で揺れていた。乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうな華奢なドアをそうっと開けると、カランカランと小気味いい音のすぐ後に、「いらっしゃいませ」と…なぜかよく聞きなれた声。顔をあげてみればそこにはやはりよく見知っている魔術師の顔。
「…!?てめ…なんで「知世姫様からご紹介いただいたお客様ですね?」
「…あ、あぁ…」
「ご来店ありがとうございます。お席へ案内いたします。こちらへどうぞ。」
「……?」
良く見知った顔のはずなのにまるで向こうはこちらのことなど全く知らないただの客であるかのようにふるまっている…。
(ただのよく似た別人か?いや、そんなはずはねえ、俺がアイツを間違えるかよ…)
「お客様、どうぞこちらへおかけください。」
大きな鏡の前の椅子を示して魔術師の姿をした美容師が微笑んでいた。戸惑いつつ、腰かける。
「…おい、てめぇ」
「はい、どういたしました?」
「…いや、なんでもねぇ…」
お前はファイ・D・フローライトという名の魔術師じゃないのか、と聞こうと思ったのだがあまりにも馴染みのない対応に本当に自信がなくなってしまった。(…こいつ、本当に別人なのか…?)と考えているうちにもファイそっくりの美容師は慣れた手つきでカットの準備をしている。
「お客様、本日はどのようにいたしますか?」
「…あ?あぁー…邪魔じゃなくなりゃあそれでいい」
「はい、かしこまりました」
にっこりと人のよさそうな笑顔でそう返すと、スッ…とハサミを取り出した。黒鋼はその手慣れた様子を見て、(…こいつはやっぱり別人か…)と思い始めていた。…が、
「くーろりん♪まさかオレのこと別人だと思ってる〜?」
気づけば耳元に顔を寄せて囁かれていた。鏡には驚きつつ怒ったような自分の顔と、いつも通り少し挑発的な目で笑う魔術師…ファイの顔が写っていた。
「!!…なっ!てめえやっぱり!」
と振り向きざまつかみかかってやろうと思った刹那、
…ジャキン…!
切れ味のよさそうな軽やかで鋭い音がした。その音があまりにも耳に近いところで感じたので、さすがの黒鋼も固まった。
「お客様、どうかされましたか?今からカットに入っていきますので、あんまり動かないでくださいね?」
先ほどと同じようににこやかに言ってはいるが、今度は明らかに楽しんでいるのが、黒鋼には分かった。しかし、ケープやらタオルやらいろいろと巻かれた状態では動きにくいうえ、他の客や店員がいる中で騒ぐわけにもいかない。
「…チッ…」
ここはとりあえずおとなしくしておくことにした。
 魔術師であるはずのファイはしかし美容師としての腕もあるようだった。軽やかな手つきで黒鋼の髪を整えていく。周りから見れば普通の客と美容師であったが、たまに交わされる会話が聞こえなければの話だろう。ファイはたまに顔を寄せては「くーろーたーん♪」「今日は大人しいねー?」と囁いて黒鋼をからかって楽しんでいた。もちろん黒鋼の方は楽しんでいるわけはなく、後でこの魔術師をどうしてやろうかと考えていたのだが。
 しかし、ファイがふと手を止めた。
「ねぇ、黒様。いつもとちょっと違う感じにしていい?」
「あ?」
からかうだけでは飽き足らずまさかおかしな髪型にでもするつもりかと思った黒鋼だったが、鏡越しのファイのまなざしはいつもより少し真剣だった。
「…好きにしろ。邪魔にならなけりゃいい」
それを聞いたファイはにこっと笑って
「ありがとー、一応ちゃんと腕はあるから安心して」
そしてすぐにまた真剣な、でも少し楽しむような表情でハサミを持ち直した。

「くろりんさー、ここまで来るのにけっこう目立って来たでしょ?」
「んなこと知るかよ」
「こんな地味だったら絶対目立ってたよー」
「うるせえ、まじめに切れよ」
「はいはい。……よし、こんなもんかな」
終わった様子なので鏡を見てみたが、黒鋼にはいまいち違いが分からなかった。
「一回シャンプーしてセットしたらもうちょっとよくなるよ」
ファイの方は満足そうに笑顔でそう言ってはいるが…やはりよく分からなかった。
「では、シャンプー台へご案内いたします。こちらへどうぞ」
店員モードのファイに案内されたシャンプー台はちょっとした個室空間になっていた。
「はい、じゃあここ座って」
「…お前が洗うのか?」
「そうだけど?」
やけに、にこにこしている。
「仕事だし」
自分でやるからいいと言おうと思ったが有無を言わさぬ口ぶりでかぶせてきた。仕方ないので大人しく座る。ゆっくりと椅子が傾き、シャンプー台に頭を預けてはみたが、この体勢は無防備すぎて非常に落ち着かない。ファイが準備している間黒鋼はなんだかそわそわしてしまって仕方なかった。
頭上で水を流す音が聞こえる。温度を調節しているのだろう。
「じゃあ、くろりんの頭失礼しまーす」
お湯が地肌を濡らしていく感覚が妙にくすぐったく感じた。普段人に頭を触られることなどそうそう無いので、自分で洗うときよりも敏感に感じてしまっていた。しかし表には出さないように、じっとしていた。だが、頭皮をマッサージするように洗っていくファイの手つきにさらに感じてきてしまっている。内心少し焦っていた。こんなことで感じてしまうとも思わなかったし、何より悟られてしまわないか…
「かゆいとこないですかー?」
「…ん?あぁ」
「そうですかー……じゃあ、きもちい…?」
「…そういう聞き方すんじゃねぇよ」
「じゃあ…言わせちゃおうかな…」
「…あ?」
「うーそ♪……でも、ほんとにきもちいんでしょ…?」
…悟られていた……
「てめぇ…後で覚えとけよ…」
「え?…っと…じゃあセットするから戻ろうか〜」
「ごまかせると思うなよ」
「はい、どうぞおかけくださ〜い」
いつも通りにへらにへらしてはいるが…これはちょっと焦っている顔だと、やはり黒鋼は見抜いていた。しかし髪を乾かし終わりセットに入るとまた少し真剣な表情に戻っていた。

「はい、これでよし。どう?ちょっとは変わったんじゃない?」
言われて鏡を見てみる。言われてみればたしかにいつもとは少し違うような…若干の違和感はある。
「すごく良いよー?」
自分ではやはりよく分からないが、こいつが良いと言うのなら良いんだろうと納得しておいた。


そこは洒落た若者が行き交う通り。
少し日が傾き始めていることを除けば、先ほどとなんら変わらない。少し赤みを帯びた華々しい風景の中、武骨なむさくるしい男は見当たらなかった。
 華々しい通りの中で寧ろ目立ってしまっていた地味な洋服は、ファイのコーディネートによりすっかり洒落た人々の中に溶け込んでいた。中には振り返って囁く者もあった。
「ねぇ!今のおっきい人見た?かっこよくなかった??」

「…はぁ〜ちょっとかっこよくしすぎちゃったかなぁー…」
黒鋼を送り出した後の店内。黒鋼とすれ違う人に少しだけ嫉妬したり、後悔したりするファイの姿があった。





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【あとがき】

今回!初めて!まともに!他人の目に触れる作品(?)としてSSを書かせていただきました!
いや〜楽しかった!あみだ企画!
でも自分自身が楽しいだけで文章としてはほんっとにしっちゃかめっちゃかなんですけどね!←
なんかせっかくとっても良いお題頂いたのに自分の文才の無さに愕然とするしかありませんね…
ごめんなさいとしか言いようがないですごめんなさい!

ちょっとあえてソフトめにしてみたんですがいかがでしょう?
個人的にソフト萌えがたくさんちりばめられてるのけっこう好きなので!
一応そんな感じをめっざしてみました!
シャンプーのくだりはぼくの実話を元にしたフィクションです(笑)
美容院でシャンプーしてもらうとき妙にぞわぞわしちゃいません?
これあんまり共感してくれる人がいないとこの話自体お蔵入りにしなきゃいけなくなってしまうと思うんですが(笑)

今回はほんといい経験になったし、とても楽しかったので、機会があればまたぼくも呼んでください!←
最後まで読んでいただきありがとうございました!

2013/May
狩兎