ちょびっツパロ/相川紅理




勿忘草


『黒たんはひとりぼっちでも大丈夫そうだよね』
最期に幼馴染と交わしたの会話。
雨の降る日はいつも黒鋼は思い出す。話し声以外は雨音だけが耳に聞こえてきた。
『ばかなこと言ってんじゃねぇ』
黒鋼が呆れていうと、そうかもねとファイは笑った。
『でも、君には幸せになってほしいんだ』
幸せ。
ファイにとって自分といるのは幸せじゃなかったんだろうか。
『オレのこと好きになってくれてありがとう』渡された小さな水色の押し花。黄色の花冠に、白い斑点のついた花びら。
ずっと一緒にいると約束した。
けれど果たせなかった。
その日のことは覚えてない。
亡くなったのは嘘だっんじゃないか。言い聞かせるように思い出の場所になんどもでかけた。そうして…。気が付いたら、目の前にそれはあった。
精巧で、そっくりの彼が。出会ったのは奇妙なミセ。それから共にすごしている。




「黒、たん!」
お花がきれいだよ、と前方にいた金の髪の青年が振り向いて笑った。バラに伸ばされる白い手。
「ばかか!!!」
「え、」
伸ばされた手を、寸前で黒鋼は掴む。
「薔薇には棘があるんだぞ。怪我したらどうすんだ」
黒鋼に、困ったようにファイが笑む。
「そっか…。そうだったよね」
視線が絡む。黒鋼から視線を外した。離れていく黒鋼の手をファイは見つめた。
同じようで同じでない。黒鋼だってわかっている。この微妙な距離感が二人を分け隔てていた。
「……」
後ろに向けられる視線に黒鋼は振り返ることができない。ファイがきて、何週間たっただろうか。風が葉を揺らす。
(人工知能が編み出した思考回路ってか)
ファイとそっくりな姿。表情もしぐさもすべてが同じ。けれど。それらは無機質な機械。同じであって同じではない。黒鋼は何事か考えたあと、歩きだした。

『黒たん』
またこの夢か、と黒鋼は嘆息した。あだ名を呼ぶ声。大好きな人の姿。これは現実だろうか。あちらが夢なのだろうか。ふわりとファイに抱きしめられる。もとめられるまま、口づけをすると嬉しそうに笑まれた。
夢だとは分かっている。目の前で逝くのを見届けたから。ふ、と意識が浮上する。見慣れた天井。いっそ。夢に捕らわれつづければいいのに。浅はかな願い。眉間に皺を寄せる。ガチャン。「…?なんだ?」耳に届いた音に、寝台からおりる。音の方に向かうと、陶器の破片がファイの周りに散らばっていた。ふいに襲う既視感に黒鋼は眉間を抑える。幼馴染もそそかしかった。
「ごめんね。朝から」
ちりとりと箒をもってファイは片づけている。黙ってファイが片づけていたら、ちりとりを黒鋼にとられた。
「あの、」
「おまえが俺の家に来てから壊してばかりだな…」
嘆息。びくっとなるファイ。
「おまえは、離れたところにいろ」
「…ごめんなさい…」
ファイが謝る。ささっとかたずけ、庭に陶器の破片の袋を黒鋼は置いた。
「待って」
ファイが黒鋼を呼ぶ。黒鋼が振り返ると裾を掴まれる。一瞬、亡くなった幼馴染とかぶった。何かいいたいことがあるとき、服の裾を掴んで言うのが癖だった。
「…なんだ」
「…ありがとう…」
俯いて告げられる。黒鋼は何も言わなかった。ファイが裾を離すとそのまま離れていく。綽名をよべない距離がファイは悲しかった。どんなに辛くても彼の傍にいたかった。だから願った。なのに自分がいることで元気がなくなっていく。素知らぬふりをされる。
しかし自分からは明かせない。対価だから。
眉を下にさげて、ファイはしばらく庭をみつめていた。

真っ暗な室内。フクロウの声。ぽうと明かりが灯る。
「…彼はきづいたのかしら」
唐突に長い黒髪の女性は切り出した。いいえ、と金髪の青年が答える。
「彼と一緒にいられるのはある期間だけよ。黒鋼がきづかなければ、終わってしまう」
金髪の青年の表情は暗い。そうですね、と売主に答えた。
「違うものであっても、貴方は貴方よ。忘れないで」
女性が告げた言葉に、ファイはすこしだけ笑んで見せた。


今日は派手にガラスが割れた。金髪の青年の眉が下にさがる。黒鋼の目の前で割れたのに、手を貸そうともしない。心あらず、といった具合だ。ちりとりと箒をもってファイは片づける。
(どこ見てるんだろ…)
今日は雨のようだった。ぽつりぽつりといった雨。どんよりとした空はまるで…。
「夕食あたためておくね。」
声をかけると、黒鋼がこちらを見る。たった一瞬。ドキッとファイはした。それもつかの間。また視線は窓へと戻る。最近。黒鋼の様子はこういうことが多かった。あだ名を呼んでも上の空だ。あだ名を呼ぶと眉間に皺を寄せられ、難しい顔をされるためこの所は呼んでないが。何も言えず、部屋のドアをファイは閉めた。
数時間後。チリン。ドアのベル。バタンとドアの閉める音。黒鋼が出ていく。散歩というにはあまりにも長く、数日かえってこない時もある。休みが連続である休日はいつもこうだ。
「……黒、たん」
寂しいなんて言えずに、窓から黒鋼の背をファイは見つめていた。

「黒鋼。久しぶりね」
道を歩く道中、後ろからかけられた声に黒鋼は振りかえる。艶やかな長い黒髪。今日は一つに結い、黒地に彼岸花が描かれた着物。幼馴染そっくりのロボットがおいてあったミセの主。壱原侑子だ。
「…なんだ」
不機嫌もあらわに黒鋼は返事した。
「ファイは元気かしら?」
黒鋼の眉間に皺がよる。
「…あいつは俺のそばにいるべきじゃねぇ」
黒鋼に侑子が興味深そうに見る。
「…どうしてかしら」
風で葉がゆれる。青々と茂る葉。そういえばもう夏が近かったか、と唐突に黒鋼は思った。
「…つれぇのはあいつだろ。幼馴染に似すぎてるからな」
耳に聞こえる人のざわめきが遠い。
そう、と侑子は言った。
「けれど、ミセにきた貴方が望んだネガイ」
黒鋼は答えない。
「時がきて、壊すのも、壊さないのも貴方次第。手放すのも手放さないのも。存在しなかったことにするのも」
淡々とした侑子の口調。
「でも、身近な大事なものにはきづかないものよ」
侑子が黒鋼とすれ違う。侑子の後ろ姿を見ながら、黒鋼は眉間に皺を寄せていた。

『オレね、黒たんとずっといたいなぁ』
高校生になり、学校までの登下校。そんな話をファイはしていた。まだ告白もしていなかった頃だ。
『なんだ、そりゃ』
ファイへの気持ちは自覚していなかった時だった。ひどいことも無自覚故、たくさん言ったように思う。ごほっと咳をするファイの背を黒鋼はさすった。
『黒たん、優しいもの』
『そうかよ』
『うん』 
えへへと笑むファイはなぜか嬉しそうで。黒鋼は気恥ずかしかった。
『ねぇ、黒たん。オレね、―…になったら一緒にいれるかなぁ…』
あの時。体の弱い幼馴染はなんと言ったのだろうか。
立ち止まり、黒鋼は曇天を見上げた。

翌日。黒鋼はファイを連れて隣町まで遠出をすることにした。特に計画は立てていない。ファイを連れてきたのは、きまぐれだった。めずらしそうにファイがきょろきょろと見渡す。体の弱い幼馴染もそうだったか、と思いだし、黒鋼はふっと笑みをこぼした。
「お店がいっぱいあるね…」
「今夜ここで祭りがあるからな…。その準備だろ」
「へぇ…!お祭り!」
ぱぁとファイの顔が華やぐ。
「祭りいってみるか?」
「うん…!!行きたい!!」
ころころと表情が変わる。浮き足だった声の調子。やきとりや、りんごあめもあるね、とファイがはしゃいだ。
「たべもんだけか」
「ちがうもん…!!なんていうか雰囲気がすきなだけなのー」
くくっと黒鋼が笑う。ファイはしかめっつらだ。水風船したい!とファイが希望したため、屋台に行く。色どりさまざまな風船が水に浮かんでいた。代金をはらい、ファイが針で好きな水風船を釣り上げる。屋台を離れたあと、「きれいだねー」とご機嫌だった。近くでペットボトルを黒鋼が買う。
「祭りの風物詩だな」
「うん」
黒鋼の隣をファイが歩く。
「黒たん、水風船好きなの?」
「…どうだろうな」
黒鋼が眉に皺を寄せて呟く。そう、とファイが言った。
「オレは白い水風船が好き。金魚の柄のはいった」
ともすれば、聞き漏らしそうな何気ないひとことに黒鋼は振り返った。
「……」
黒鋼がファイを見つめる。
「…おまえ」
「…え?」
機械仕掛けのファイと出会ったのは、数か月そこらだ。白い水風船は、高校生のとき一緒にいった祭りであげたものだ。二人しかしらないエピソード。おさななじみと同じ癖。なにか言わなければならないのに、言葉が出ない。黒鋼はひどくもどかしかった。
「…その白い水風船…」
黒鋼がなにかいいかけた途端。
「お、黒鋼か」
誰かが黒鋼の肩をたたく。黒鋼は振り返った。たたいた相手は草薙だ。ちっと黒鋼は舌打ちした。
そっと二人から数メートル程はなれて、灯篭にファイはもたれかかる。
「きづいたかな…。やっぱり」
失言だったかな、と一人ごちる。祭りの雰囲気に昔に戻ったような気がした。
だから。つい。ながされてしまった。
手に持った水風船をおとしそうになりあわててつかもうとすると。体の輪郭がぼやけていく。
「…え、うそ…!!今日もとに戻るの…?」
あるべきものはある場所へ。
対価が必要よ、と告げた侑子が言っていたことを思い出す。
『生き返るわけじゃない。記憶が貴方の媒体になるわ。『記憶』がこのロボットとのつなぐ糸、といった方がいいかしら。』
真っ黒なミセの中。ふたりきりしかいない薄暗いミセは不思議と恐くは感じなかった。
『人間の体でなく、ロボットの体。大切な人には同じだけど「違う」とみられる。それでもあなたは願うの?』
はい、とファイは答えた。
(対価は…)
『対価は黒鋼との関係性。前の自分を知らないふりを貴方はしなければならない。存在を保ち続けるには、黒鋼が貴方を選ぶことよ。期限は…―』
6か月だと彼女は言った。
賭けのようなものだ。だけど望みがあるなら賭けたかった。
「おい!!」
黒鋼の声が遠い。黒鋼がかけよると、ファイの体は淡い光で包まれていた。
「魔女!!!」
ぼやっとどこかか陣が現れ。黒髪の女性が現れた。
「気づいて決めたの?黒鋼。その子は年はとらないわ」
「おう」
黒鋼が答える。ファイは黒鋼を見つめた。
「だめ、黒た…「黙ってろ」
黒鋼が怒鳴る。困った時。そばにいてほしい時。裾をつかむ癖。水風船のエピソード。学生の時の会話の頃は自分の体の限界をなんとなくしっていたのだろう。会って、別れて。ミセで出会ったときからまた縁はつながった。
「こいつと共に生きる。対価はなんでもいい。くれてやる」
ファイの目が驚愕の色に染まった。
「な、なんで…!」
ふふっと侑子は笑った。
「そんなこと言っていいのかしら?後悔しても知らないわよ」
いい、と黒鋼は答えた。侑子の唇が動く。
「貴方の対価はその子を幸せにすること。これが対価」
侑子の言葉に黒鋼とファイが見開く。
「幸せっていうのはね。難しいことよ。簡単そうに見えて。その上、その子は年はとらない。」
にっこりと侑子が二人に笑う。
「…上等だ」
黒鋼がにやりと笑った。
「侑子さん…」
今更ながらにファイは思う。この次元の魔女は。すべてを見通していたのだろうか。こうなることがわかってて。
「何かあったらミセにいらっしゃい」
じゃあね、とかき消すように侑子の姿は消えた。

祭囃子の声が遠い。黒鋼にだきかかえられたままに、ファイが気づく。
「あの、オレ重いし、大丈夫だから…!」
ばたばたあばれると、黒鋼に抱きしめられる。
「黒…たん」
綽名をファイは呼んだ。久さしぶりだった。
「おまえ、言ったよな。『でも、君には幸せになってほしいんだ』と」
「?うん…」
ファイが頷く。最期の会話だった。
「俺の幸せはお前がいないと、なりたたねぇんだよ」
黒鋼の言葉に、ファイがじっとみた後。
ファイの顔が伏せられる。
「いいの、オレで…?」
囁くように許しを請う声は、優しいふれるだけの口づけに溶かされた。

「侑子、いいのか」
黒い魔法生物が、黒髪の女性に聞く。彼女の長い髪は今は赤い薔薇の簪で結われていた。のぞくうなじがなまめかしい。黒地のゆかたに白い花が描かれている。
「いいのよ。あれで」
くすりと侑子は笑んだ。不思議そうな黒モコナに、「だって」と付け加える。
「簡単そうに思えるものほど難しいものはないのだから」
侑子は夜空を見上げる。この世界から旅立ったあのこたちは元気だろうか。違う世界のあの子たちも。きっと大丈夫と信じてはいるけれど。
「最初からそのつもりだったんだな」
「さぁね?」
侑子が笑んだ。長身の美女は黒モコナを肩にのせたまま、祭りの中心部へと歩んでいく。
夜空の星がきらきらと瞬いて、優しく見守っていた。


End.


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あとがき

あみだ企画主催者の相川紅理です。はじめましての方は、改めてはじめまして。
茶会で企画ものしたいですね、という流れでいつのまにやら本当に企画始動してしまいました。嬉しい限りです。たくみちゃん、企画サイトありがとうございます。お疲れ様です。
私があたったのは「ちょびっツパロの黒ファイ」。なので病んでいる黒様をテーマに書いてみました。病んでいる黒様がすこしでもでていますように…!!
題名は思いつきです…。もう締切で悩んでいる暇もなかった…。花言葉は「真実の恋」「真実の愛」「私を忘れないで」なのでそれもからめて書いています。勿忘草って黒ファイの花だと思うのですよ…。
ほかの参加者様の作品もとても楽しみにしております!!では最後に一言。もっと広がれ!黒ファイ同士様の輪!!

相川 紅理