花言葉/むじこ





紫陽花

「黒たんせんせー」
「何だ?」
「そろそろ付き合って一年になると思うんだけど」
「ああ、もうそんなか」
「そんなだよ」
 黒鋼は読みかけの新聞から目を離し、先ほどから猫の様にソファーの周りをくるくると回り続けていたファイを見た。
 忙しなかったファイがぴたりとその動きを止め、黒鋼を見下ろす。
 ファイが何かを待っている事は明白で、その答えを黒鋼はわかりきっているつもりだった。
「記念に、どっか行くか?」
「記念ってガラじゃ、ないくせに」
 ファイがツンと口を尖らせると、黒鋼の首にしがみついた。
 背中をトントンとあやしながら、手元で完全に潰れてしまった新聞は遅ればせながらソファーの脇に避難させる。
「一応、そっちに合わせてやろうという気はあるって事だ」
「ふーんへーえありがとー」
(ったくわかりやすいったらありゃしねぇな)
(一年経っても愛してるとか好きだーとか、一回も言われた事ないんだけど……)


辛抱強い愛情






バラ

「やる」
「んー、花束? わー真っ赤っかー凄ーい情熱の赤い薔薇! これを口に咥えて踊って……痛いッ!! 花束でビンタしないで棘が、棘がぁ!!!!」
「黙って受け取れ!!!」


あなたを愛しています






リンドウ

「黒たん」
「あ?」
「なんでもない……」
 この繰り返しは既に三回を数えていた。
 授業と部活を終え、自宅に戻ってまだ隣は帰っていない事を確認してからゆっくりくつろぎ、夕飯の支度をする。
 時々時計を見て時間を確認し、鍋に食材を入れ煮込み味付けをする。
 同じ作業をしている筈なのに何故これ程までに味の差が出るかがわからない。
 それでも『わあ、今日は作ってくれたのーありがとー!』とか言いながら美味しい美味しいを連呼するであろうファイを想えば、自然と頬が緩んだ。
「黒様、お邪魔してもいいかな」
 予想に反して低いテンションの、青白いオーラを纏って隣人は帰ってきた。
 勿論こちらはそのつもりだったし「飯もあるぞ」と伝えたが、ありがとうと言葉だけが返ってくる。
 いつもならその見た目通りのフワフワの口調で思いつくままに飛び出す「お腹空いた」も「疲れた」も「一緒にお風呂入るー?」も一切なく。
 無言の時間が続き、今に至る。
 黒鋼はソファーに座り、特に興味もないテレビを眺めながらファイが何かを言い出すのを待つ。
 ファイは黒鋼の隣に座って画面を見詰めているが、果たして画像や音声が彼の脳に届いているかは不明だった。
「黒たん」
 三十分が経過して、やっとファイが言葉を発した。
 しかし何だと聞けば「なんでもない」と答える。
 それが三回。
 二回目は二十分後、三回目は十五分後と少しづつ間隔は狭くなってきているので次は十分後辺りだろうか。
「黒たん」
「……何だ?」
 そうこうしている内に、四回目がやってきた。
 黒鋼はテレビから目を離すと、ジッと見上げる様にこちらを覗いてくるファイを見下ろした。
 声色は出来るだけ優しく、ゆっくりと落ち着きがある様聞こえる様に努力した。
 その甲斐あって、ファイはぽとんと黒鋼の腕に落ち、「黒たんあのね」と口を開く。
 黒鋼は涙声のファイの背中を撫でながら、たまにしか味わえない料理をどう食すかを考えていた。


悲しんでいるときのあなたが好き





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ここまで読んでいただき、ありがとうございました
むじこです
今回であみだ企画参加も四回目。ご縁あってその全てに参加させていただいております
ありがたやありがたや
企画発案・紅理さん HP管理・たくみさん
本当にありがとうございます
お題は「花言葉」でございました
楽しんでいただければ幸いです